ネットワークビジネス最大手の日本アムウェイ(本社東京都)は2022年10月、勧誘目的の不明示などの行為が特商法に違反したと認定され、消費者庁から6カ月間の一部取引停止命令を受けた。1979年の開業以来、最大の危機に直面する最中に、初の女性社長として困難なかじ取りを任されたのが、ロシア・アムウェイ社長などを歴任したイリーナ・メンシコヴァ氏だ。火中の栗を拾うような大役を引き受けたメンシコヴァ社長は、法令順守を徹底するための改革を推し進めている。
二度と同じ事態に陥らないために
──2023年3月に社長に就任した。この2年間、どのようなことに力を入れて取り組んできたのか。
2022年10月に当社は6カ月間の一部取引停止命令を受けた。私が就任したのは行政処分期間中だったこともあり、この危機的な状況にどう対処していくかに注力した。何を改善すべきなのか、挑戦すべき課題は何かを考え、二度と同じ事態に陥らないための施策の策定・実行に力を注いだ。
具体策の一つは新しいコミュニケーション・チャネルとして「Amway Listens」を設置した。顧客はもちろん、ABO(アムウェイ・ビジネス・オーナー)や社員の声を直接聞くためだ。問題の根本原因は何かを探り、対応策を練っていった。
最初のステップとして登録制度の改定に着手した。当社のABOが製品やビジネスの機会に関して、正しい方法で伝えることが目的だ。二つ目はABOに対する啓蒙・教育の強化。これまでも会員教育には取り組んできたが、よりコンプライアンスを徹底する。新たにスポンサー活動資格の再取得を必須にした。三つ目としてコンプライアンス委員会を発足した。当社の倫理綱領・行動基準を厳守しているか目を光らせるようにした。違法行為には一切妥協しない厳しい姿勢で臨んでいる。ABOの系列ごとに、どのようなスポンサリングが行われているかなど活動内容を注視している。
委員会は現在も継続的に開催しており、苦情・相談を把握するため、全国の消費生活センターを可能な限り訪問している。可能な範囲で情報を提供していただき、苦情に関する情報があれば即座に対応する。コンプライアンスに対するコミットメントは揺るぎない。
登録制度、概要書面の渡し方にメス
──コンプライアンス強化による具体的な成果は何か。
ビジネスに対する監視の目を厳しくしたからといって、目に見える成果がすぐに表れるわけではない。この2年間で売り上げは落ちた。新規登録者数も大きく減少した。ABO、プライムカスタマーともに行政処分から2年経過した今、人数は大きく減少している。ただPIO―NETの数字は大幅に改善した。過去にない低水準を維持している。当社のKPIにおける指標はPIO―NETの数字を落とすことではない。重視している指標はアムウェイの認知を上げていくこと。アムウェイに触れることでポジティブな体験をする人を増やしたい。
──改定した登録制度の内容について。
ABOは製品やビジネスを紹介する際に、共通の紹介カード「アムウェイご紹介カード」を提示してきた。勧誘目的を明示するためのこのカードを、プライムカスタマー向けとビジネス会員向けの2種類に増やし、使い分けてもらうことにした。製品のことだけを話すならプライムカスタマー向けのカードを使用する。ABOが説明する意思を提示して、相手の同意を事前に得ることを徹底したい。
概要書面に関しても変更した。従来はABOが勧誘相手に渡してきたが、これを、ABO登録トレーニングの申し込みを行ったプライムカスタマーの登録住所に本社が直接送付することにした。
ABO登録トレーニングでは、ABOの責任、必要な知識は何か、製品について何を知るべきかを学んでもらう。このトレーニングを修了しスポンサー活動資格取得テストに合格し、概要書面を受け取って初めてABOに登録できる。
経営方針を大きく変えた「ヘルス&ウェルネス」
──コンプライアンス以外の戦略として進めていることは。
戦略面としては、私が就任した2023年3月から「ヘルス&ウェルネス」を推し進めている。グローバルではもっと前から進めてきた方針だ。
当社は米国・スタンフォード大学と、健康寿命を延ばすための要素に関する研究をサポートしている。お客さまに単に製品を届けるのではなく、ライフスタイルが変化できるようにどういったサポートができるか、そのサポートを通して日本の皆さんの健康寿命の延長に寄与していきたいと思っている。
研究に基づいた知見でサイエンスセミナーを開催して情報提供し、アムウェイのお客さまに対しては会社のコンテンツを通してさまざまな情報提供をしている。ABOにもプログラムを通して啓蒙活動を行い、単なる長寿ではなく充実した長寿を目指していただきたい。
日本は世界で最も長寿の国だ。とはいえ健康寿命は実際の寿命よりも13年短いとされる。食事や運動、睡眠といった生活習慣を改善するサポートの一翼を担うことで日本人の健康長寿に貢献したい。
──ヘルス&ウェルネスを推進するに際して変更した方針は。
会社にとっては、経営方針の舵を大きく切った変更だった。これまでは個々の製品を販売することにフォーカスしてきた。ヘルス&ウェルネスを推進するため、いろいろな製品を組み合わせて提供することにした。「ウォーキング・プログラム」「ウェイトマネージメント・プログラム」「朝活のプログラム」「フィットネス・プログラム」などだ。プログラムを実行しながら運動や質の高い睡眠、食事を通して生活の質を上げていくことができる。
また、「パーソナライズ・マイクロバイオーム」を日本に導入したい。腸内のマイクロバイオーム(腸内細菌叢)をテストし、その結果、その人に合った最適なマイクロバイオーム製品を提案できる。
韓国アムウェイ導入のプログラムを日本でも
──パーソナライズ・マイクロバイオームについて具体的に教えてほしい。
テスト結果に基づいて製品をお勧めする。テストでは睡眠や運動など生活習慣に関する質問に回答し、検便も提出する。結果が出るまでには1カ月程度かかる。研究のため検便でサンプルを集めるのだが、サンプル数ではアムウェイの優位性がある。現在は日本人のサンプルを集めているところだ。今のところ、大体6種類に分類できることが分かった。この6種類のマイクロバイオームに合ったプロバイオ製品がある。
韓国ではすでに販売しており、日本でも展開したいと考えているが、日本での開始時期は未定だ。私自身もテストを受けた。睡眠の質に課題があるという結果だったので、それをサポートしてくれる製品を購入した。同時に生活習慣も変えるようにした。
最優先課題は社員・ABOの自信回復
──2025年におけるビジネスおよび製品戦略について。
今年も継続して前述したヘルス&ウェルネスを推進していきたい。始めて間もない施策であり、長期的な戦略なので、すぐに結果は出ないと思う。コツコツと進めることで社会に良い価値を提供できると確信しており、忍耐強く成果が表れるのを見守っていきたい。
昨年始めたウォーキング・プログラムなどをABOに普及させるための啓発・啓蒙活動が必要だ。また新製品としては浄水器をリニューアル発売する。従来機種以上にウイルスや化学物質といった不純物を除去する高機能に仕上げた。
──コンプライアンスなどの取り組み以外で、今の御社の課題はあるか。
最大の課題は、行政処分によって社員やABOが精神的に落ち込んでいること。再び信頼を得て、社員やABOが自信を取り戻すことが最優先課題だ。当社のビジネスモデル、製品、アムウェイだけしか提供できない価値を社会に届けられると私は確信している。
<イリーナ・メンシコヴァ氏 経歴>
カザフスタン出身。カザフスタン国立金融アカデミーでマーケティングの学士号、マンチェスター・ビジネススクールでファイナンスの修士号を取得した。
1994年からフィリップモリス・カザフスタンで財務部門に従事し、2003年からスウェーデンのダイレクトセリングのオリフレーム・カザフスタンで財務経理ディレクターに、その後初代セールスディレクターとなり、セールス&マーケティング・ディレクターも務めた。
2010年11月にアムウェイに入社、アムウェイ・ロシアの社長やウクライナ、カザフスタン、モンゴル、キルギスを含む中央アジアの社長などを歴任した。直近では、ロシアとウクライナにおけるクライシスマネジメントについても指揮を執ったという。