アスクルは8月6日、執行役員 事業戦略本部長の成松岳志氏を代表取締役社長CEOに選任した。新体制では、既存顧客との関係を深めるLTV向上を軸に、AIを活用したパーソナライズやエージェントコマースへの対応を進める。さらに、M&Aなども活用して事業ポートフォリオを拡大し、”働くためのインフラ”への進化を目指す。成松氏に就任の経緯と今後の方針を聞いた。
──今回の社長就任に至った経緯は?
候補者に正式に決まったのは今年6月だ。私自身が前任の吉岡から就任の意向を聞いたのは、その1~2カ月前だった。
ランサムウェア被害からの復旧は2月に完了していた。一方で、事業としては、ここから顧客を呼び戻し、再成長させなければならないというタイミングだった。
ランサムウェアの件は一つのきっかけになったが、もともとサクセッションプランは進んでおり、世代交代のタイミングが来ることは想定されていた。
中期経営計画を刷新したこととランサムウェア被害という二つの大きな変化が重なり、今期が世代交代のタイミングとして適していると判断されたと聞いている。
──就任後、中期経営計画を見直す考えはあるか? 大きく刷新する考えはない。今回の中期経営計画は、吉岡晃前社長と私がかなり根本から議論しながら作ったもので、自分の思いも乗った計画である。
ランサムウェア被害の際に顧客へ提示した内容が、ある意味で計画の答え合わせになった。われわれが考えていたことが顧客に必要とされ、受け入れられるものなのかを確認できた。今は、その確認が取れたものを、どれだけ早くスケールさせられるかに取り組んでいる。
仕事を支える品ぞろえへ
──これまでの商品カテゴリー拡大から、既存顧客との関係を深めるLTV重視へと戦略が変わったのか?
もともとの中期経営計画には、製造業への浸透を強めるという柱があり、そのために工具や部品などを含むロングテールの商品をそろえ、ビジネスモデルを転換する方針だった。
ただ、製造業の顧客が期待したほど対象品目を購入するという結果にはならなかった。一方で、商品を増やしたことで、医療や介護、飲食などの顧客が工具や梱包資材、物流現場で使う商品を購入する動きが顕著になった。
そこで、アスクルのサービスを必要としていただき、事業活動を回す上で頼りにしてくださっている業種に、より競争力を高めるべきだと考えた。今回の中期経営計画では「対人接客業」「対人サービス業」をターゲットとして見直した。
この顧客層では、事務用品だけでなく、接客現場やキッチン、清掃などで使う商品も必要になる。商品戦略も、それに合わせて変えていく必要がある。
──LTV向上では、商品の強化に加えてコミュニケーションも変えていくのか?
AIを使ったパーソナライズの高度化は、今まさに最重要プロジェクトとして進めている。ランサムウェア被害からの復旧活動を通じて、これが顧客に望まれていることを確信した。
一つ、これまでの考え方に偏りがあったと感じている。顧客がウェブサイトに来る時には、すでに何を買うかという意思決定がある程度終わっている。特にBtoBではその傾向が強い。
ランサムウェア被害後は、サイトを訪れてもらう以前に「サービスは再開しており、通常通り届けられる」と伝える必要があった。そのため、紙媒体や電話などのオフラインチャネルにもマーケティング投資を行った。
そこでパーソナライズを組み合わせると、非常にパワフルだと分かった。顧客が仕事の現場で「何を買っておかなければならないか」と考えるのは、サイトに来る前である。そこで、一社一社に合わせてAIで提案することが重要になる。セールスとマーケティングの工程をAI主導型にしていきたい。
──AIによる提案と電話や紙媒体などを組み合わせるイメージか?
どのタイミングにアナログが入るかは手法による。電話で話すこと自体を人間ではなくAIに任せることは、今のところ想定していない。
顧客に「何を、どんな理由で提案するべきか」というプランニングの部分はAIで1社ごとに作る。その上で、電話なら人間が話す。カタログや冊子、DMなら、何を提案するかをAIでパーソナライズし、印刷までつなげる。
生成AIの浸透によって、こうした仕組みを実務に実装しても問題ないレベルになってきた。今期は実装のフェーズだと考えている。
会社を回すインフラへ
──LTVを高めた先の成長をどう考えていますか?
市場を広げる方法には、新しい顧客を獲得する方法と、既存顧客の企業活動に対して別の領域まで提供する方法がある。今は後者を重視している。
現在、顧客がアスクルから購入している品目の割合は、まだ低い。例えばペーパータオルやトイレットペーパー、コピー用紙はアスクルから買っていても、棚やリネンなどは別の会社から購入しているケースがある。LTVを高める余地は非常に大きい。
同時に、中期経営計画では「Beyond Retail(ビヨンドリテール)」を掲げている。本質的には、リテール一本のビジネスから脱却したい。
アスクルは”働くためのインフラ”である。そう考えれば、顧客の課題は消耗品を明日届けることだけではない。労働力不足、インフレ、自然災害の激甚化やBCPなど、経営に関わる大きな課題がある。そうした課題に対応できる市場へ進出していくことが重要だ。M&Aも含め、別業態への進出を進めたい。
──5年後、アスクルをどのような会社にしたいか?
「消耗品を頼むならアスクル」という世界観を変えたい。
地方の中小企業でも大企業でも、会社を回していくならアスクルのインフラを使っている、アスクルがあることで会社が回っていると思ってもらえるような業態になりたい。
そのために事業ポートフォリオを拡大し、顧客に提供できる価値を広げる。5年後には「そういえば物販もやっていますよね」と言われるくらい、物販以外の価値を提供できる会社になっていたい。
